★ 【銀幕幻燈譚】埃だらけのノスタルジア ★
<オープニング>

 ある晴れた日の午後。
「前に『名画座』の手伝いを募ったカフェというのは、この店かしら」
 黒い衣服に身を包んだ少女が、カフェスキャンダルに姿を現した。
 「いらっしゃいませ」と声をかけた店員の常木梨奈が、初めて見る顔だと気づく。
 全ての客の顔を覚えているわけではないが、何度か店を訪れた客ならたいていはその雰囲気なり、ひととなりを覚えているものだ。
 だが、この少女の顔は一度も見た覚えがない。
 当の客人は注文をするでもなく、入り口に立ってぐるりと店内を見渡している。
 眉一つ動かさない無愛想な様子からも、少女がカフェに立ち寄ってお茶を一杯、という理由で訪れたわけではなさそうだと見て取れた。
「ええと、ご注文、ですか?」
 念のため梨奈がマニュアル通りに声をかけると、少女は梨奈の元まで歩み寄り、こくりと頷いてみせる。
 その口から発せられたのは、表情と相まって抑揚のない言葉だ。
「あたしはゲルダ。シンタロウから言づてがあって来たの」
「……はい?」
 およそ見当違いな返答に一瞬笑顔のまま凍り付くものの、少女が口にした名前には聞き覚えがある。
「シンタロウって、あの『名画座』の此花慎太郎くん?」
 ゲルダが「そう」と頷き、説明を続ける。
「倉庫の片付けをするのだけれど、シンタロウは忙しいから手が足りないの」
「……」
 どうもこの少女の言葉は飛躍する。
 いったいどう会話したものかと、梨奈はこめかみを押さえた。
 試行錯誤しつつ、ぽつり、ぽつりと漏らすゲルダの言葉をまとめると、要するにこういうことらしい。

 銀幕市の下町「ダウンタウン」にある『名画座』。
 先代オーナーが息を引き取って一度はその幕を閉じたものの、孫である此花慎太郎に引き継がれ、先ごろリニューアルオープンを果たした歴史ある映画館だ。
 昔ながらのこじんまりとした造りなのでパニックシネマほどの客の入りは見込めないが、古き良き往年の名作から学生の自主製作映画まで、幅広いラインナップの作品を上映することで常連も付き、ようやく経営も安定し始めていた。
 その映画館内部に、これまで顧みることのなかった部屋が存在したらしい。

「先代のオーナーが倉庫として使っていた部屋らしいわ。今は物が雑然と並んでいるから、できれば、何がどこにあるのかがわかるよう、綺麗に整頓したいそうよ」
 その部屋って一体どういう状態なの、と梨奈が問いかけると、
「左右に棚が組まれているわ。真ん中にはひとが通れるくらいの通路を設けてあるわね」
 ゲルダはそこで言葉を止めると、部屋の様子を思い返すように明後日の方へ視線を向ける。
「ただ、通路には物が山積みで、奥へ進めないわ」
「……」
「道がふさがっているから、扉を開けるとすぐ突き当たりよ。通路の物をどけなければ、部屋の奥へ到達するのは不可能ね」
「それ、全部ゴミに出しちゃったらどうですか……?」
 おずおずと提案する梨奈に、ゲルダはぴしゃりと言い放つ。
「映画館にまつわる貴重な資料が見つかるかもしれないからと、シンタロウが言っているの。捨てるのはだめよ」
 話を聞く限りではゴミの山が詰め込まれた部屋としか思えない梨奈は、それでも納得がいかないようだ。
 部屋の蛍光灯もきれかけで、ホラー映画宜しく不気味に点滅していたと聞けばますますそこがゴミ捨て場のように思えてならない。
「倉庫整理は次の週末に行う予定よ。この中で誰か、手の空いているひとはいるかしら」
 黒衣の少女はそう告げると、改めて店内を見渡した。

種別名シナリオ 管理番号716
クリエイター西尾遊戯(wzyd7536)
クリエイターコメントこんにちは、ニシオギです。
今回は『名画座』の倉庫整理のお誘いにあがりました。

倉庫は名画座にある一室で、中にはいろいろなものが山積みされています。
まさに読んで字の如く、「山積み」状態です。

この部屋を開拓し、中の品々を綺麗に整理整頓して欲しいというのが、『名画座』の現オーナーである此花慎太郎からの要望です。

うまくいけば、何か面白い物が見つかるかもしれません。

それでは、ご参加お待ちしております。

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※募集期間がすこし短めです。ご注意下さい。
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参加者
七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
りん はお(cuuz7673) エキストラ 男 35歳 小説家
沢渡 ラクシュミ(cuxe9258) ムービーファン 女 16歳 高校生
小式 望美(cvfv2382) ムービースター 女 14歳 フェアリーナイト
針上 小瑠璃(cncp3410) エキストラ 女 36歳 鍵師
レオ・ガレジスタ(cbfb6014) ムービースター 男 23歳 機械整備士
<ノベル>

●小劇場『名画座』

 カフェスキャンダルにて、少女アンドロイドの唐突な申し出があってから数日後。
 約束の日は、あいにくの曇り空だった。

 ロビーに飾られた映画関係の展示品や写真を眺めながら、六名の助っ人が現支配人である此花慎太郎(コノハナ・シンタロウ)を待っていた。
 リニューアルしたとはいっても、やはり名画座。
 市内で隆盛を誇るパニックシネマとは違い、開館時間は遅めの十時となっている。
 彼らは開館直後に名画座に集まっていた。
 上映スケジュールは初回上映が十一時からとあって、客の入りはまばらだ。
 それでも運営費を無駄にできない手前、人手を十分に補充できないらしく、チケット売りに勤しむ慎太郎を待っているのだ。
「名画座の倉庫整理だなんて楽しそうですよね♪ なんだか宝探しみたいでドキドキしちゃいますっ」
 一番乗りで現れた七海遥(ナナウミ・ハルカ)は、到着からいくらか待ち続けているにもかかわらず、先ほどからずっと笑顔を振りまいている。
 なにやら色々と買い込んできたらしく、その足下には買い物袋がいくつも置かれていた。
 同じく約束の時刻より少し前に現れていたりん・はおが、不思議そうにその荷を見つめる。
「……ずいぶんたくさんの荷物だけど、一体何を持ってきたの?」
 「それは片付けを始めてからの秘密です」と返す遥をよそに、沢渡ラクシュミ(サワタリ・―)は外の天気を気にしていた。
「もうちょっと良い天気だったら、気持ちよく虫干しできるんだけどな」
 ロビー内には大きな窓がないため確認できないが、名画座にたどり着いた時点で、空は灰色に染まっていた。
 雨は降らないという予報だったが、どうせなら青空であれば良かったのにと思う。
「映画館って、夢いっぱいの映画を皆に届ける夢の記録所だよね。あたし、できるだけ綺麗にするよう頑張るねっ!」
 軽装で現れた小式望美(コシキ・ノゾミ)はムービースターだ。
 自分の生まれに関わりのある場所――映画館の片付けを手伝うとあって、前準備としていろいろな『もの』と契約をしてきていた。
 少し離れたところで、針上小瑠璃(シンジョウ・コルリ)がその様子をまったりと眺めていた。
「名画座さんの倉庫、相当わやんなっとんのやてなあ。うちの店もひとのこと言えへんけど、商売人の店ってわやになる運命なんかな」
「え〜っと。日頃から片付けていれば、そうはならないと思う……たぶん」
 長身とはいえ、自分に比べればずっと細身。
 にもかかわらず存在感のある女の言葉に、レオ・ガレジスタは思わずツッコミを入れずにはいられなかった。
 ロビーには何かの映画音楽だろうか。シックな曲が流れている。
 くつろいだ雰囲気にしばらくその場で歓談を楽しんでいると、チケット売り場から慎太郎が駆けてきた。
「お待たせして申し訳ないッス。こういう日に限って、お客さんが途切れなくて」
 ありがたいことなんスけど、と、照れたように付け加える。
 大赤字こそ出してはいないものの、やはり名画座のラインナップでは大幅な収益は出すことができないでいるらしい。
 それでも名画座を慕って足を運んでくれる者は着実に増えていると言い、若き支配人は心から嬉しそうに笑った。
「仕事があるなら、終わるまで待ってるよ」
 様子を見かねてかけたはおの言葉に、慎太郎は礼を言いながら首を振る。
「上映時間には映写機を動かさないといけないので、俺はすぐに戻らないとだめなんスよ。チケットなら、ほら」
 助っ人が来てくれたからと、売り場を指し示す。
 六名が言われて視線を送ると、そこには無愛想にチケットを売る大正カフェーの女給制服を着たゲルダの姿があったのだった。



●開かずの倉庫

 待ち合わせの約束だけ取り付けておいて、姿を見せないと思ったら女給姿で助っ人をしているとは。
「チケット販売ともぎりはしばらくゲルダさんにお任せしてるんで、ひとまず皆さんに倉庫の場所をご案内するッス」
 声をかけたかったが、時間がないのでと急かされ、一同は倉庫へ移動することになった。
 ロビーの端にあった古びた階段を、慎太郎が先頭になって登っていく。
 入り口のすぐ傍にある階段で、言われなければ通り過ぎてしまうような存在感のなさだ。
 実際、館内に入ってすぐ目に付くのがチケット売り場なので、階段に気づく者はほとんど居ないだろう。
 慎太郎は慣れた様子で進む。
 一階登った先には休憩室があり、映画のチラシがずらりと並べられていた。
 階段の踊り場には近日上映予定という国内外のマイナー映画のポスターが並び、他にも映画に関するチラシなどが無造作に貼られていた。
 パニックシネマでは通常お目にかかれないような、カルト映画の数々が紹介されており、りん・はおは何かを探すように一つ一つを目で追っていく。
 二階登った先には事務室があった。職員はこちらで仕事をしたり、休憩したりするらしい。
 傍らでは少女たちが、他愛ない会話を交わす。
「ゲルダって、慎太郎さんの親戚の人なんですか?」
 カフェスキャンダルで見た時から気になっていたらしい。
 望美が探るように問いかけると、若き支配人は「違うッスよ」と短く返答する。
「でも親戚なら、嶋さくらっていう従妹が居るッス。名画座を継ぐ際に、相談役になってくれたのがその子なんです」
 話題に便乗するように、遥が口を開く。
「それにしても、ゲルダさんと此花さんってお友達だったんですね。ちょっと意外でびっくりしました」
 以前よりゲルダを知る遥には、少し想像しがたかったらしい。
 歩きながら問いかけると、慎太郎が肩越しに振り返り、いたずらっぽく笑う。
「ゲルダさんの勤めるロケハウスが名画座の近くにあるので、たまに手伝いに来てもらってて。仕事がはやくて正確なので、凄く助かってるんス」
 電子頭脳であればチケットの精算など暗算でできるだろう。
 もぎりの作業にしても、単一作業はアンドロイドの得意分野だ。
 雑談を交えながら三階登ったところで、ようやく慎太郎が振り返って足を止めた。
「倉庫っていっても、空いていた部屋にものを詰め込んでるんで、部屋自体は狭いんスよ」
 階段から続く廊下をたどり、ひとつの扉の前に立つ。
 扉には大きく【倉庫】と書かれた貼り紙があった。
 無造作にセロハンテープで貼り付けられているもので、その紙自体が、経年によって黄ばんでいる。
 おそらくこの紙が貼り付けられたのは、慎太郎が支配人を継ぐ前になるのだろう。
 若き支配人は手にしていた鍵で解錠し、ドアノブを捻る。
 しかし。
「……あれ。この間はすぐ開いたのにな」
 がちゃがちゃと乱暴にドアノブを回す慎太郎に、ラクシュミがぽつりと問いかける。
「扉、開かないの?」
 できればツッコまれる前に開いて欲しいと思っていたらしい。
 慎太郎が苦笑しながら頷く。
「押しても引いても動かないから、鍵が壊れたのかもしれないッス」
 鍵穴をのぞき込む慎太郎の声に、小瑠璃が前に出る。
「鍵ならうちの専門分野や。どれ、見せてみ」
 鍵屋を営む彼女の職業は『鍵師』だ。
 懐から商売道具を取り出してピッキングを試みるも、手応えがまるでない。
「なんや。ちゃんと開いとるし、壊れとらへんよ」
 鍵は開いているらしい。
 そうなったら、考えられる理由はそう多くない。
「たぶん立て付けが悪いとか、そんな感じだよね」
 今度はレオが進み出て、ドアノブに手をかける。
 集まった六名の中ではおそらく最も力が強いであろうレオだったが、やはり扉は開かない。
 扉に足をかけ、再度踏ん張ったところで――

 バアン!

 景気の良い破裂音とともに、ようやく扉が開いた。
 どどど、という鈍い音が続き、開いた扉から雪崩れたダンボールの山がレオを直撃している。
「わああ! レオさん大丈夫ッスか!」
 慎太郎が大慌てで、レオの周囲に転がるダンボールを右へ左へと避けていく。
 幸いダンボールの中には何も入っておらず、レオに怪我はない。
「扉を開けたらものが降ってくるなんて……、これ、ホントにただ突っ込んだ、って感じだね」
 怪我はしなかったがホコリは被ったらしく、舞い散るホコリを手で扇ぎながら、呆れたようにレオがぼやく。
「それにしても。これは壮観だね」
 はおが感心したように部屋の中をのぞき込んだ。
 もの以外に何も見えない。
 収納用に棚が組まれているのはわかるが、その棚の前にも看板やら等身大人形やら、とにかくあらゆるものが積み込まれ、混沌としている。
 書庫と化した自分のアパートの蔵書量も結構なものだと思っているが、この倉庫に比べれば大したものではないように思える。
 はおはこれ以上崩れるものがないことを確認すると、安全の為に退避していた女性四人に「大丈夫みたいだよ」と声をかけた。
「実は、つい先日までこの部屋は開けたことがなかったんッス」
 開けたとしてもやはりガラクタを積むばかりで、中を顧みることはなかったという。
 しかし、こんな混沌とした部屋を放置し続けるわけにもいかない。
 そう思い立ち、今回の協力を頼んだそうだ。
「とにかくこの部屋を片付けて欲しいんスけど、もしじいちゃんが詰め込んだなら、何かこの映画館にまつわる骨董品なんかも見つかるかもしれないッス。だから極力ものを捨てずに、片付けて欲しいんスよ」
 ひととおり説明を終えるなり、慎太郎が腕時計を見てあっと声をあげる。
「すみません。上映五分前なので、俺は映写室に行かないと」
 掃除用具のある場所などを慌ただしく説明すると、そのまま階段を駆け下りようとする。
「慎ちゃん、コレ終わったら、何か奢ってほしいわぁ〜」
 『鍵屋 カミワザ』と『名画座』は銀幕市でも老舗とあって、小瑠璃は慎太郎とは以前からの顔なじみなのだ。
「〜〜! わかりました! 後ほど、なんとかするッス!」
 階下のスクリーン前には、すでに上映を楽しみに客が開演を待っている。
 上映時間を遅らせるわけにはいかない。
 慎太郎は一同に「すみませんが、宜しく頼みます!」と叫ぶと、足音も高らかにロビーへと戻っていった。



●埃だらけのノスタルジア

 こうなったらとにかく倉庫を片付けるしかない。
 三階には一般の人間は立ち入れないようになっているし、基本的に業務は二階の部屋で行っているので、三階は自由に使って構わないとのことだった。
 空き部屋が複数あり、そのうちの一つはどうやら会議室として使っているらしい。
 折りたたみ式の長机が口の字型に並べられていた。
 一同はそこを休憩所とし、準備に取りかかる。
 遥は手持ちの荷物から割烹着を取り出し、バッキーのシオンにもおそろいのものを着せる。
 レオはマスクを装着し、軍手を嵌め、Tシャツ一枚の動きやすい格好を整える。
 先に倉庫の様子をうかがっていた望美はフェアリーナイトに変身し、光との契約の力を使い、全身を発光させていた。
 といっても、内からほんのりと輝くような柔らかな光だ。
 点滅する蛍光灯の代わりに、優しい光が室内を照らしだす。
「今からホコリも吸い込むから、ちょっと待ってね!」
 全身を輝かせながら、望美は掃除機よろしく倉庫内のホコリを吸い込み始めた。
 時々けほけほと咳き込むのは、やはりホコリなだけあって煙たいらしい。
 そこへ、会議室から出てきた割烹着姿の遥が一人一人に声をかける。
「はい、これ。皆さん付けてください」
 遥の荷物には、100円ショップで手に入れた様々なアイテムが入っていた。
 その中のひとつが、この使い捨てマスクらしい。
 いつも通りジーパンにポロシャツという格好だったはおは、掃除程度なら特に対策をせずに良いだろうと何も準備していなかった。
 しかし今、倉庫の中の様子を見つめ、手渡されたマスクがこれ以上になく素晴らしいアイテムに見える。
 望美がホコリを吸い取ってくれているとはいえ、中はわたぼこり天国なのだ。
 中で作業をするには、なくてはならない品だろう。
「こーゆうんは、先に荷物出して、資料やらパンフやらは五十音順かアルファベット順に並べるんが、セオリーっちゅうもんや」
 てきぱきと指示をしていく小瑠璃だったが、彼女を知る人間からしてみれば、その采配能力をなぜ自身の店で発揮できないのかと問うただろう。
「で、これはどこへ持ってけばいいの?」
 持参のマスクですでに準備万端のレオが、重たそうな荷物からせっせと運び出していく。
 はおもそれにならい、重量のあるものや、大きな荷物を選び、運ぶ。
 廊下に並べていてはすぐにいっぱいになってしまうだろう。
 小瑠璃が空き部屋にビニールシートを敷き、皆はそこに荷物を並べていくことにした。
「この部屋ぜったい、殺虫剤を焚いて、蛍光灯を新しくしたら、気持ちのいい倉庫になると思うな」
 ラクシュミはゴミ袋を手に、見るからにゴミとわかるものを分別していく。
 ちょうど空き部屋にベランダがあったので、虫干しが必要と思われるもの――何かの映画のキャラクターをかたどったぬいぐるみ等――は、しっかりとホコリを落とした後に、そこへ並べていった。
 窓の外を見れば、曇り空は朝より明るくなり始めている。
 天気が崩れることはなさそうだし、陽が当たらずとも、風を通す意味でベランダで陰干しするのは悪くはない案だろう。
 ベランダに並べる代物のホコリを落とすのは、遥のバッキー・シオンと、ラクシュミのバッキー・ハヌマーンの役目だ。
 二匹とも遥お手製のホコリ叩きを手にしているが、実際には彼ら自身がばたばたと駆け回ることでホコリをはたいているようなものだった。
 一同はそんなバッキーの様子に癒されたり、交代で休憩を挟みながら、着実に作業を進めていった。
 しばらく無心に倉庫開拓を行った結果、収納棚の周囲、つまり倉庫内の通路に置かれていたものは、ほぼ完全に取り除くことができた。
 空き部屋に並べられたものを改めて眺めると、倉庫の中には実にさまざまなものが収められていることがわかってきた。

 たとえば、ダンボールに収められたレコードの山があった。
 映画の主題歌なども中にはあったが、ロックもあればクラシック、インディースバンドのレアな一枚もあったりと、さながらこの倉庫同様の混沌としたラインナップだ。
「……このまま倉庫を片付ければ、蓄音機も見つかったりするんでしょうか?」
 探せばあるのかもしれないが、倉庫内の棚は未だ混沌としている。
 遥はひとまず、先の小瑠璃の整頓術を参考に、グループ名順に並べていくことにした。
 仕分けボックスのラベル貼りに名乗りをあげた望美の手元を、仕分けを担当していたラクシュミがのぞき込む。
「……あれ。それ、貼る順番間違えてない?」
「えっ!?」
 見れば確かに、アルファベットの順番が途中からズレてしまっている。
 指示されたとおりにやっていたはずが、どうやら途中から貼り間違えていたらしい。
「ご、ごめんなさいぃ〜!」
 半泣きで謝る望美に、遥が大丈夫ですよとなだめる。
「手作りの間仕切りを作って入れちゃえば、きっとわかりません」
 そもそもダンボールに投げ込まれていたものだ。
 こうして片付けているだけでも、だいぶ検索しやすくはなっているのだ。
 少女たちはその後も同様の品を発掘しては、同様の手法で丁寧にまとめていった。
 この時、遥の持参した収納ボックスやラベルシールなど、100円ショップグッズがこれまでになく威力を発揮したことは言うまでもない。
 さらに、一同は倉庫の中からテープレコーダーを発見していた。
 カセットテープの再生とラジオの受信ができる仕様で、仕様ラベルを見る限りでは、昭和八十年代に製造されたものらしい。
 調べてみたところ、再生ボタンが故障しておりテープの再生を行うことができなかった。
 突起したボタンを押すことによって再生を行うのだが、ボタンは押しても弾かれるようにして戻ってしまう。
「これ、直したらちゃんと使えるのかな」
 思案するラクシュミに、レオが「任せて」と声をかける。
 積もっていたホコリを払い、
「おーい、生きてるか〜?」
 と、テープレコーダーを軽くノックする。
 顔を寄せて耳を澄ませば、古めかしいながらもしっかりとした機械の<声>を聞いた。
「うん。これなら、あとで、僕が直してあげるよ」
 機械は役目を終えて死を迎えるものもあるが、修理すれば息を吹き返すものも多く存在する。
 レオの聞く<声>は直接耳に届くものではなく、気配として感じているものだ。
 こと機械に関しては、レオの「直せる」ほど信用のおける言葉はないだろう。
「で、うちが見つけたんはこれやね」
 小瑠璃が見つけたのはダンボールに綺麗に箱詰めされたカセットテープの山だった。
 テープ全てに、几帳面な字で、番組名、放送回数、放送年月日が記されたラベルが貼られている。
 内容を追ってみれば、どうやらかつて銀幕市内で放送されていた、映画関係のラジオ番組を収録したテープらしい。
「懐かしいわあ。これ、うちが銀幕市に越してきた時に聞いてた番組やねん」
 遥やラクシュミはもちろん、望美やレオが知るよしもない。
 小瑠璃はテープレコーダーが直ったあかつきには、慎太郎に願い出てこのテープを聞かせてもらおうと考えていた。

 次々と見つかる品々に、一同は手を止めたり、感想を言い合ったりしながら着々と作業を進めていた。
 そこで、ふいにコンコンと扉を叩く音がする。
 誰が訪れたのかと視線を送れば、ノックに続いて女給姿のゲルダが顔を覗かせた。
「シンタロウに言われて、昼食を用意したわ」
 時刻はすでに正午をまわっており、昼の一時も半分を過ぎようかという頃だった。
「わ〜! ゲルダちゃんありがとう!」
「あっちの部屋を休憩室にしているんです。そこでいただきましょう!」
「なんだか合宿してるみたい! あたしも運ぶの手伝うよっ。」
 ラクシュミに遥、望美が、女給姿のゲルダを見かけて駆け寄る。
 お盆を少女二人に預け、次の盆を取りに戻ろうとしたゲルダは、倉庫内に小瑠璃を見かけ、足を止める。
「コルリ。シンタロウから、伝言を預かっているわ」
「ん。うちに? なんやろ」
 大事な用件かと手を止めてゲルダの言葉を待てば、
「『奢りはこれで勘弁ッス』 ……以上よ」
 真顔で慎太郎の口まねをするゲルダに、真剣に構えていた小瑠璃が思わず吹きだした。
 笑い声に惹かれ、少女達がゲルダの傍に舞い戻ってくる。
 小瑠璃がゲルダの背中を押す。
 少女たちを引き連れて、昼食運びの手伝いに向かった。

 他の面々が休憩所でサンドイッチをほおばるころ、はおはひとり黙々と倉庫内の片付けに勤しんでいた。
 はおを気にかけてレオが一度呼びに来ていたが、きりが悪いから適当に見切りを付けたら食べに行くと言い、ここに残っていたのだ。
 まだ片付いていない棚を見定め、内容のわからない段ボール箱を見つけては開封していく。
 期待の品はすぐには見つからず、いくつもの箱を元の位置に戻し、空腹に諦観しかけた時だ。
 半開きの箱に差し込んだ爪先が、こつりと硬質な音をたてた。
 がばと開いた箱の中に鈍色の光沢を認め、はおは我を忘れてそのひとつを手に取った。
 あった。
 古いフィルムの山だ。
 いかに混沌とした倉庫であっても、映画館である以上、映画に関連するものは必ず見つかるだろうと踏んでいた。
 ダンボールの中には多数のフィルム缶が詰め込まれている。
 手書きのラベルで内容を記されたもの。
 ラベルがない代わりに、独特の刻印で装飾を施されたもの。
 全体が錆ついて、中のフィルムが危ぶまれるもの。
 ラベルや缶の状態を確かめ、ひとつを手にとって開こうとした時だ。
「なにをしているの」
ふいにかけられた声に、はおはびくりと身を震わせる。
 振りかえった先にはゲルダが立っていた。
「昼食。あなたの分も用意してあるわ」
 倉庫の扉は閉めていたはずだ。
 ゲルダはいつから、そうして立っていたのだろう。
「皆が待ってる」
 淡々とした口調には、なんの感情も浮かんではいない。
 それでもアンドロイドの視線に見透かされた気がして、はおは手にしていたフィルム缶を隠すように箱の中へ戻した。
「今、行こうと思っていたところだよ」
 声をかけられた瞬間、咎められたと思った。
 缶を開けることを、その品を求めることを。
 彼がなにを探しているかなど、このアンドロイドには知るよしもないというのに。
 ひたと見つめるゲルダの視線に見送られ、はおは休憩所へ向かい、歩く。
 脳裏にあったのは喪った友人の記憶。
 かつて、彼は無名の自主制作映画に出演していた。
 ここにそのフィルムが現存すれば、彼も実体化をするのだろうか。
 胸中にあるのは、不安と戸惑い。
 誰もが一度は想いをはせる『もしも』の奇跡。
――喪われた人間が、再び目の前に現れる。
 だが『画家を目指す青年』が現れたとして、はおはその彼を、友人とは別存在として扱うつもりだ。
「俺には時々、物語も現実も同じものに感じられる」
 ふぉんの映画を見つけたら見てみたい。
 けれどその姿を再び目にしたなら、その時は思い出して泣くだろう。
 はおはふと足を止め、振り返った。

 タタ、タタン……

 視界の端に映ったモノトーンの少女は、足音を鳴らしながら階下へと降りていく。
 超常の力によってこの世界に顕現した、ムービースター。
 足音はその存在を誇示すように、高らかに響いて遠くへと消えた。



●再利用推奨

 昼食をとることで体力を充填した面々は、各自得意な作業を分担し、作業を続けていた。
 倉庫の中で動き回るスペースができたため、午後からの作業は段違いに進んでいく。
 通路が解放されたおかげで部屋の奥にある窓も開けられ、何年もの間閉ざされた空間に、さわやかな風が心地良い。
 取り替えたばかりの蛍光灯にもなんら異常はなく、一同の作業を大いに助けた。
 荷を運んではホコリを落とし、棚に据え、片付けていく。
 やがて日が暮れるころには、倉庫内の清掃を含め全ての作業が完了し、一同はお互いを労いあっていた。
「ラベルも付けたし。上出来じゃないかな」
 はおが満足そうに倉庫内を見渡し、一同に視線を送る。
「でも……倉庫が片付いたのは良いですけど、まだ使えるものとかは、しまい込んだままじゃもったいないですよね」
 レオがまだ生きていると言ったテープレコーダーを手に、遥が思案する。
「『名画座』は市のみんなの手伝いで復活した場所だって聞いたよ。この品物たちも、本当に欲しい人の手に渡るように譲るとか……フリーマーケットに出すのはどうかな」
 なにげないレオの提案に、望美が名案とばかりに破顔する。
「倉庫の品だけじゃなくて、他のひとにも品物を持ち寄ってもらうっていうのはどうかな?」
「それ、お祭りみたいで楽しそう!」
 賛成と手を挙げて、ラクシュミも同意の意を示す。
「たいそうな収益にはならんやろけど、少しでも名画座の足しになるんなら、ええんとちゃう?」
 自らも商売を営む小瑠璃は、運営費用と儲けを脳裏で計算しつつ「この倉庫も綺麗になるんやったら、一石三鳥やし」と付け加える。
 そうと決まればさっそく慎太郎に提案しに行こうと、一同は倉庫の扉を閉め、階下のロビーへと向かう。


 後日、倉庫にて発掘されたフィルムやパンフレット、その他膨大な量の雑多な品が慎太郎によって確認された。
 しかし、目新しいもの、貴重そうなものなどは、何ひとつ見つからなかったらしい。

 その日から、再び閉ざされた倉庫の扉には、誰が書いたか【再利用推奨!】の張り紙がされたという。





クリエイターコメント 大変お待たせをして申し訳ありませんでした。

 作品内に挙げた品以外にも色々見つかったようですが、
 大して目をひくものはなかったようです。

 そっくりそのまま倉庫に保管されていますので、
 作中の提案が通れば、また日の目を見ることもあるでしょう。


 それでは、またの機会にお会いしましょう。
 銀幕市の平穏と、市民の皆さまの幸せを祈って。
公開日時2008-09-24(水) 18:40
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